飲まない生活を気楽にやろう!

20代にアルコール依存症や強迫性障害、処方薬依存、ひきこもりなどで苦しんだ経験を綴ります。重くなりすぎないように(笑)気楽に綴れたらと思いますが、生来、生真面目なため、うまくいくことやら(^_^;)

家庭環境

あえてACという言葉は使いませんが。


ここにきて、幼少期のころの体験なり経験なりが現在の自分に及ぼす影響について考えることがあります。


僕の母は、詳しく把握してないですが、ある芸術の方面を生業とする道に進みたかったものの、親の反対にあったのか、あきらめたそうです。ところが僕の兄がやはり芸術関係に進もうとしたとき、そのことに猛反対し、二人は衝突したようです。


夜中に、激しい言い争いが、聞こえてきたことが今でも思い出されます。

当時はなぜ二人が衝突するかよくわからないまま、ただあまり触れたくもなく、しかし、無視もできず、というかんじです。


家庭環境をすべて把握するのは、難しいですが、しかし、酒を止めて、少し時間も経ち、ある程度クリアになった頭で、振り返ると、幼い子供が安心してのびのび過ごせる家庭環境ではなかった、と率直に感じます。


家庭環境が、どういう影響を自分に与えたのか、正確にはわかりません。ただ僕が過ごした環境には、「自由であってはならない」という暗黙の雰囲気があったように思います。


「自由であってはならない」というムードの背後には「自由でいること=罪悪」というメッセージが見え隠れしているように思います。


が、これは本来、おかしなことです。

罪悪とは、一般的には、他人や集団、組織などに、肉体的、精神的、金銭的な害や傷、苦痛を与えることだと僕は考えます。それを罪悪と考えるならば「(他人に害を与えないかぎりにおいて)自由に考えたり、感じたり、表現すること」が罪悪とされることは、非常におかしなことです。


ところが、そういったおかしさが幼少期の僕の家庭環境には、あったように思います。


そして、その結果として今でも、自分の意見を述べること、特に、依頼したり、苦情を伝えることが悪いことだ、という考えが抜けず、苦しい思いをしています。


こうした、本来、感じる必要のない罪悪感を、どう処理するかがこれからの課題となりそうです。