飲まない生活を気楽にやろう!

20代にアルコール依存症や強迫性障害、処方薬依存、ひきこもりなどで苦しんだ経験を綴ります。重くなりすぎないように(笑)気楽に綴れたらと思いますが、生来、生真面目なため、うまくいくことやら(^_^;)

出張

気持ちが落ち着かないのは近々、泊まりの出張があるからです。酒席もあるから。


ソーバー(しらふ)になってから、いや、人生初の一泊の出張。


今までみたいに仕事帰りにミーティングに行くこともできない。夜も、仕事関係の人たちと過ごす。耐えられるのか?


一泊とは言え、やはり不安はつきもの。正直、辛い。職場で、病気のこと、過去のこと、理解してもらえれば、楽になるかも、なんて考えも起こる。でもやっぱアル中は、言えない。しかも、今のタイミングでは。もっと貢献して、信用がつけばアリかもしれないけど。

雑文

もう30代も後半になった。

社会的な責任もあり、結婚し子供がいてもおかしくない年齢だが、結婚どころかパートナーもいない…。


世間知らずすぎた。


みんながリクルートスーツを着て就活をしてるころ僕は飲んだくれだった。


20代後半で社会に出たときには、お酒が仕事や生活に支障をきたすほど病気は進行していた。学生時代のバイトすら強迫性障害の影響で、満足に続かなかった。


人付き合い、コミュニケーション、協力して何かをやりとげる経験が圧倒的に足りなかった。それは自助グループを通して練習させてもらったけれど。


大学を留年したのも、酒が原因だった。直接的な原因ではなかったが。

大学3年のころに、強迫性障害が発症していた、と思う。将来に対する不安や、後悔が強迫観念となって常に頭のなかに表れ、凄まじい苦しさだった。苦しさから自傷行為もした。その苦しさも、やがては酒でまぎらわすようになったー昼酒、朝酒の始まりだった。


実家は、裕福なほうだった、と思う。

だからその経済力に依存してしまった。当時を振り替えれば働ける状態ではなかったから、仕方なくもあったが、しかし、依存したことで自立は遅れた。


こうやって書いていくと、現在の不甲斐なさの原因を過去に求めるだけの行為なのだろう。


どう見たって今の自分は世間知らずの中年オヤジだ。開き直るのはどうかと思うが、卑下もよくない。


それでも今の自分をどう評価していいかわからない。酒を飲まないで、正社員として働いているなんて、酒を止めたころには想像できなかったから、喜ばしいことではある。


でも、年齢相応の成長ができていない。それどころか実年齢と、中身があまりにもかけ離れているから、手放しでは喜べない。それでも、できてないことより、できていることを見るようにしたい。


読んでいただきまして、ありがとうございます❗

因果応報

新しい1週間の始まり。

休み明けは毎度ながら疲れる。

仕事後にミーティングに出て、飲んでいたときのこと、そして現在のことを見つめる。


現在のこと…仕事のミスの頻発により信頼関係が崩れ、居づらさ、痛み、後悔に苦しむ毎日…。


因果応報。

自分のやったことが自分に返ってくる。物事には原因が必ずある。


そんな簡単なことを、残念ながら、飲んでいる間はわからなかった。飲んでいるときは、自分の引き起こした、こういうばつの悪さ、居づらさ、不快感から逃れるために飲んでいた。


今日の仕事を終え、ようやくわかってきた。今、自分が感じる苦しさは、紛れもなく自分が引き起こした、と。

このブログやミーティングを通して、自分の非を認めるようなことも書いていたが、内心では、周りを責めることでこずるく責任逃れしようとしていた。


そんな己の身勝手さ、無責任さに周囲はどれだけイライラし、心痛め、憤慨し、辟易していたのか…。


そんな原因と結果、という単純な事実に気づかなかった自分が恥ずかしい、悔しい。この痛み、失敗、無駄にしたくない。